リンパ浮腫の考え方と治療の基本

ライフ・プランニング・センター主催セミナー2012.2.18を基に改変

はじめに
 近年,リンパ浮腫に対する関心が高まり,2008年度にはリンパ浮腫の術後発症を予防するための指導と弾性着衣の購入費用が健康保険適用となりました。
   
リンパ浮腫については,その基礎となる知識をしっかりと理解して,それに基づいて対応することが大切です。したがって,ここではリンパ浮腫を理解するための基礎となる知識を中心にお話ししたいと思います。

リンパ浮腫とは
 
人間も動物のように這っていれば簡単にむくむようなことはなかったのですが,人間が立って歩くようになったために,静脈血が脚にうっ滞し静脈圧が上がってしまい,そのために脚がむくんだりするようなことが生じるようになりました。

 むくみは血管外の皮下組織に過剰に溜まった水分です。毛細血管領域の主に動脈側から出た水分や蛋白で代表される物質は,いったん組織に栄養を配給してまたリンパ管や静脈に回収されます。その際には水分のほとんど90%は静脈に還り,残りの10%はリンパ管に還るという仕組みになっています。つまり,むくむということは静脈の流れが大きく影響しますから,血管外の過剰な水分(むくみ)を減らすためには,まず静脈の機能を活発化させ,それからリンパ管の働きを活発化させていくことになります。つまり,むくみを減らすにはまず静脈の機能を活発に動かし,さらにリンパ管を活発化すればよいということになります。

            

浮腫の種類
  浮腫には,表1に示すように,大きく分類すると,1)全身性浮腫と,2)局所性浮腫があります。全身性浮腫はさまざまな疾患に伴って発症します。健康人でも起立性浮腫が起こります。日常生活では立っているためにむくみが下に落ちる,という,原理としてはもっとも基本となるものです。局所性浮腫に含まれるリンパ浮腫もこの原理から逃れることはできません。そこでまず,起立性浮腫を基本としてさまざまな浮腫について説明します。
 

起立性浮腫
 静脈はどのように働いているのでしょうか。いちぱん大きな影響を持つのは下腿の静脈です。この力が圧倒的に強く,静脈のポンプとして下から上に血液を押し上げる力として働きます。静脈ポンプは,ふくらはぎの筋肉が静脈を締めつけて血液を上に押し上げます。
 
これがどれくらいすごい力かというと,立っている足首には120cmH2080mmHg)の静脈圧がかかりますが,一歩踏み出すと圧は一気に40cmH20まで落ちます。すなわち,じっと立っているとむくんできますから,静脈ポンプを活発化するために,脚を動かすようにするとよいことになります。
 止まり木バーのように足が地につかないと静脈ポンプが働きませんので,やはりむくんでくることがあります。この場合はまず地に足をつけて脚に力が入るようにすることが大事になります。高齢者はきびきびと動くことができないことが多いので静脈ポンプがあまり働かず,やはりむくみやすくなります。
  
一方,脚の筋肉がしっかり動いてもその力を静脈壁が受け取ることができない場合には,筋肉の収縮する力が静脈に伝わらず,やはり静脈血がうっ滞することになります。起立性低血圧の人がこれにあたり,起立性浮腫を起こしやすいことになります。
 

 このような起立性浮腫は,解剖学的な理由から左側のほうが少し強く出るのが一般的です。これは左下肢の静脈は心臓へ向かう際に解剖学的にさまざまな抵抗を受けるためです。便秘で結腸に便が溜まっているとさらに静脈を圧迫するので,左側のむくみが強くなる原因となります。したがって,臨床的には左脚のむくみが強くても,即,左脚に何か問題があるとはいえないということになります。
 

特発性浮腫
 
 起立性浮腫が精神的な影響を受けて強くなることがあり,これを特発性浮腫といいます。精神的にナイーブな人に多くみられます。
 診断基準のひとつは,一日の体重の変動幅が1.5Kg以上あるということです。おしゃれな人や細かく気をつかう人に多いようですが,2040歳代の未婚の働く女性などで,ストレスや葛藤のある環境にある場合などに何らかの引き金によって発症することが多いようです。

心臓性浮腫
 下肢の静脈血が心臓に還るもうひとつの大きな力は,心臓が血液を引き上げる力です。これが十分に働かないと心臓性浮腫になります。
 心臓をポンプと考えてみましょう。心臓のポンプの力が弱くなると,静脈血を引っぱり上げることができないために,静脈圧が上昇しむくみが起こります。さらに心臓から血液を押し出すことができないために腎血流量が落ちてむくむ原因となります。

肥満性浮腫(肥満による浮腫
  
肥満によっても浮腫が生じます。心臓はエンジンのようなものですから,人間の身体は小さな車体に小さなエンジンがついていると考えると,エンジン(心臓)は小さいままなのに車体が大きくなる(太る)と心臓に負担がかかります。さらに肥満のために呼吸が浅くなったり,あまり歩かないために静脈ポンプが働かなかったり,あるいは脂肪で物理的に静脈を圧迫したりすると,静脈還流を低下させることになります。
 今回のテーマとも関係しますが,皮下に脂肪があると脂肪が邪魔になってむくみの液が皮下を動きにくいために,リンパ液が溜まりやすいということもあります。
  
このような肥満性の浮腫は非常に困ります。患者さんはリンパ浮腫を心配して受診されますが,単に太っているのが原因ということがあるからです。リンパ浮腫ではなくて肥満による浮腫だと説明してもあまり納得できないことも多いようです。
  蜂窩(ほうか)織炎(しきえん)(皮膚の深いところから皮下脂肪組織にかけての細菌による化膿性炎症)を合併していることもありますが,リンパ管自体は正常ですからリンパ浮腫の場合と異なり完治します。
 
肥満による浮腫のうち脂肪浮腫というのは乗馬ズボン体型を呈しますが,まず日本人には見られません。日本人に見られるのは肥満性の浮腫です。

 ここまでは皮下組織に溜まった水分を静脈やリンパ管がうまく処理できないためにできるむくみについてお話ししましたが,当然ながら,毛細血管領域の動脈側から水分がたくさん出てきてもむくみます。
 

     
    赤横線は静脈、リンパ管の障害、赤○印は動脈側からの水分を示す。

 

炎症やアレルギーによるむくみ
 
 毛細血管の動脈側の血管透過性が亢進するとむくみます。主なものとしてアレルギーや炎症によるむくみがあります。炎症やアレルギーなどによって動脈側の血管が太くなると皮膚が赤く見え,同時に血管壁の隙間(血管壁細胞間隙)が拡がります。すなわち皮膚が赤くなった場合は,毛細血管動脈側の血管が太くなっており,血管透過性の亢進が起きています。動脈側の毛細血管壁にはもともと非常に小さな隙間があって,そこから水分が出ているのですが,その血管が太くなって外から見ると赤く見えるのと同時に,隙間が大きく開くので水が出てきてむくみが増えてくることになります。

飲酒後のむくみ

 アルコールによるむくみも同様です。飲酒により抗利尿ホルモンが抑制されるため利尿が増え,その結果,脱水になります。脱水になると。今度は血管内に水分が少ないので水を飲みたくなります。
  そのためまたお酒をおいしく飲めてしまいますので,体内の水分量は増えることになります。一方で飲酒では顔が赤くなることからもわかるように毛細血管動脈側の血管壁透過性は亢進していますから水が血管外に漏れてしまいます。すなわち,飲んでも飲んで血管外に水分が漏れ出してしまい,そのためにさらに脱水になるので,またお酒を飲むということを繰り返すことになってしまいます。

 このような体水分の調節系は血管内の水分量のみを感知しています。圧の受容体が感知して腎臓に働いて調整するのですが,残念ながら皮下組織内の水分の貯留,すなわちむくみは感知しません。そのためどんなにむくみが溜まっても,人間の身体は血管内の水分量が少ないと脱水と判断してしまい,むくみを減らすようには働きません。皮下組織内の水分の貯留(むくみ)の調整にはStarling(16ページ参照)の力が働くことになります。  
          

抗がん剤の副作用によるむくみ
 
 臨床の場では,抗がん剤の副作用によるむくみがよく見られます。特に乳がんなどで使われるタキソテール(一般名ドセタキセル)は,毛細血管透過性を亢進させるために聞質液が貯留するので,全身がむくんできます。抗がん剤の副作用によるむくみは,手や足にむくみを感じ,同時に爪の色に変色が見られるのが特徴です。この所見は強皮症様初見ともいわれ,皮膚が硬いような感じでむくんできます。

膠質浸透圧
 むくみの原因には膠質浸透圧もあります。血管内の蛋白質濃度が高いと水分を血管内に引きつけておくことになりますが,血管内の蛋白濃度が低い場合は血管内に水分を引き込む力が弱いので血管外に水分が溜まる、すなわち、むくんでくることになります
 膠質浸透圧というのは一定容積内の分子の数で決まります。アルブミンは比較的小さいため膠浸圧は1g/d=5.54mmHgと強い膠浸を発揮しますが,一方,グロブリンは1.43mmHgとあまり強くありません。ちなみに,教科書等には総蛋白濃度が5.0g/ dℓ以下(基準値は6.37.8g/ dℓ),アルブミンが3.3g/ dℓ(基準値は3.74.9g/ dℓ)以でむくむと記されていますが,実際には低い分だけむくみます。たとえば総蛋白濃度が6であれば,その分だけむくみます。皆さんが臨床で見ている患者さんの総蛋白濃度が6か,もしくは6を切っていたり,アルブミン濃度が4を切ってきたりすると,その分だけむくんでいます。全身状態が悪い方では低蛋白血症を常に考えておくことは参考になると思います。
 総蛋白濃度が低下する疾患には、蛋白(アルブミン)を作る工場としての肝臓の障害があります。肝硬変のむくみは腹水が溜まって腫れてくるのが特徴です。もうひとつは,できた蛋白(アルブミン)を尿の中に捨ててしまう腎臓(ネフローゼ症候群)のむくみです。

その他の疾患によるむくみ
 その他,クインケ浮腫という血管性浮腫は一過性にむくんでその後消えてしまいます。甲状腺機能亢進症でもむくみますが,これは前脛骨部に甲状腺機能低下症が生じるもので,これを前脛骨性粘液水腫といいます。この場合は甲状腺の機能を治療すればよいので,薬で治ります。そのほかクッシング症候群がありますが,これはむくみではなく脂肪が主体です。

体液量の調節
 全身の体重の60%くらいが水分,つまり体液です。それが細胞の内外に大体2:1に分かれています。さらに細胞外液の4分の1が血漿で,残りの4分の3は間質液,つまり組織液です。
 このように見ていくと,血漿はそんなに多くはないのですが,大きな役割を果たしています。一方,間質液は血液より多いのにあまり重要視されていません。細胞外液のうち循環総血漿量よりも組織間液,リンパ液を含むほうが圧倒的に多いのですが,重要なのはやはり循環血液量と思われてしまいます。
 人間の身体は循環血液量を調整することにより体液量を調整しています。一方,組織間液量(むくみの液)はStarlingの力により,循環血液との関係で間接的に調整されています。そのために,人間の身体はどんなにむくみが出ても,決して自分の身体に水分が多いとは感じないのです。これは非常に大きな問題で,人間の身体が組織間液量の増加(むくみ)を感知できれば,むくみを軽減させるよう調整できるのですが,調整はあくまでも循環血液量を見ているだけで,組織間液量は見ていないのです。

むくみの予防
 起立性の浮腫は常にあらゆるむくみと関係しています。「立てば下に落ちる」というのが基本であって,どのむくみにも影響します。
 低蛋白血症であっても,低蛋白血症自体は全身にむくみを発症するのですが,立つとやはり重力の関係でむくみは下方に落ちるため,脚がむくんで見えます。
では,むくまないようにするにはどうしたらよいのでしょうか。
むくみの一日のサイクルで考えてみます。
 朝の起床時から立ち上がって生活していくために徐々に静脈圧が上がってきて,ある一定の圧に達するとむくんでいくことになります。
 それではむくまないためには,むくむ前に一度静脈圧を落としてリセットすればいいのではないかということになります。つまり,昼頃に横になればいい(昼寝する)ということで,そうすればむく みは出ないわけです。そしてまたむくむ前に,夜寝てしまえばいいわけです。
 ところがなかなかそうはいきません。どうしても立って生活していることになりますから,できるだけ昼間は少し脚を上げた状態にするよう努力します。とくに欧米人は手足が長いので,足元に落ちてしまった静脈血を心臓まで上げるのはたいへんだろうと思います。外国映画のシーンでよく見るように,脚を伸ばしたり,組んだり,机の端に載せたりしていますが,おそらく,静脈血を心臓に戻すようにしているのだろうと思います。
 また,1時間に数回,脚を屈伸させたりすることによっても,静脈ポンプは十分に働きます。貧乏ゆすりも効果があるでしょう。心臓に戻ってくる血液が不足してくると全身にも血液を送り届けることができませんから,貧乏ゆすりで静脈ポンプを活発化するために,無意識のうちにカタカタと動かしているのでしょう。


リンパ系
 リンパ系は,脚からのリンパ液をすべて集めて上行し,鼠径リンパ節から体腔に入り,背骨の横を通って首の付け根で静脈に合流します。そのほかに腕からも入ってきます。
 主なリンパ管とリンパ節を見てみましょう(図1)。
 深部のリンパ系は,脚から上がってきた液を含む全身の4分の3はすべて左側の頸部静脈角から静脈に入り,右腕と右胸部の液だけが右側に入るようになっています。

 
 
ここで,体腔内を流れる深部のリンパ系は表面から触れることができないので,深呼吸をしたり,腸管が動いたりすると,リンパ管が刺激されて液が上がっていくという形になります。
 体幹部の表在リンパ管は体液区分線(分水嶺)によって大きく4つの区域に分けられます。そして,腋窩,鼠径部のリンパ節から深部リンパ系へと入っていきます。腕や脚のむくみの液もそれぞれ腋窩や鼠径リンパ節から深部リンパ系に入ります。 

表在リンパ系と深部リンパ系

 ここで腋窩や鼠径周辺のリンパ節が切除されると,腕や脚のリンパの流れが悪くなってむくんでくることになります。これがリンパ浮腫です。
 次にリンパ管の構造を見てみましょう(図2)。
   
 
表在リンパ系は,浅在性リンパ系(皮膚・皮下組織のリンパを集める)と,深在性リンパ系(筋・関節・腱鞘・神経からのリンパ系)に分けられます。これは混同しやすいのですが,区別しておいて下さい。筋膜の上部にあるものが浅在性で,筋膜の下にあるのが深在性です。皮膚表面に近い部分のリンパ管(毛細リンパ管,前集合リンパ管)を起始リンパ管といい,集合リンパ管へと続きます。筋膜下のリンパ液も筋膜上に上がってきて集合リンパ管に合流します。

上肢と下肢のリンパ系
 上肢には,動脈や深部静脈に伴行する深リンパ管(深在性)と,皮下組織内に存在する浅リンパ管(浅在性)があります。
 下肢では深在(筋膜下)性というのは,深層静脈(膝窩静脈と大腿静脈)という太い静脈に沿って走っているリンパ系で,膝窩と鼠径部で浅層系に交通しています。一方,浅在(筋膜上)性のリンパ系は,浅層静脈(大・小在静脈)に並走しており,前内側束と後外側束からなっています。前内側束は大伏在静脈に並走し、後外側束は小伏在静脈に並走しています。図3で見ると、前から見た大きな流れが前内側束で、ふくらはぎのほうの流れが後外側束です。

 子宮がん治療に関係するリンパ節
 子宮がんの治療に関係するリンパ節には図4のようなものがあります。これらはリンパ浮腫の発生と関係します。 表2に示したように,日本産婦人科学会と日本癌治療学会とでは名称が違っているものもあります。 陰部からも流れているので,ここのリンパ節を切除すると陰部もむくむことになります。
   

 

  リンパ系の構造
 リンパ系の構造を見ていきましょう(図5)
 毛細血管領域には,大動脈,小動脈,細動脈,細静脈,そして小静脈,大静脈があります。これらは毛細リンパ管よりずっと太いと考えがちですが,実は毛細リンパ管は決して細いものではなく,内腔半径は2030μmありますから,大きなものを取り込めるようになっています。
   

  壁の構造としては,動静脈の血管は三層でできていますが,毛細リンパ管は一層でできています。その毛細リンパ管壁の隙間が開いていてそこから皮下組織内のむくみの液はリンパ管に入っていきますが,一層で非常に薄いために,放っておくと潰れてしまいます。そのために潰れないように繋留繊維(繋留フィラメント=anchor filament)が,碇(anchor)が船を動かないようにするように,組織のほうに繊維がくっついて引っ張ってリンパ管を潰れないようにしています。
 全体を見ていきますと,表皮と皮膚,筋膜に毛細リンパ管と前集合リンパ管があり,このリンパ管の弁と弁の間をリンフアンジオンといいますが,そこからリンパ節に入ります。このリンパ節でリンパ液をフィルターにかけて静脈に入って血液に合流するという形になります。
 先端の毛細リンパ管の構造を断面で見ると繋留繊維があります。毛細リンパ管の先端は花弁のように重なっていますが,それを繋留繊維が外方に引っ張っているので,ここにむくみの液が溜まってくるとむくみの液自体が皮膚をずっと外に追いやりますから,そのために繊維が引っ張られて,その結果,弁も引っ張られてリンパ管壁の隙間があいてしまうことになります。つまり,むくみが溜まるとむくみの液がリンパ管に入ることになります。簡単にいうと,むくむとリンパ管の流れが活発になるということです。これを逆に考えている方が非常に多いのですが,むくんでいる場合にはリンパ管は活発に動いていることを認識してください。

 

 リンパ管は,普通は非常に小さくて見えないのですが,液を取り込むとファーッと大きく膨らんできます。大体10から20倍くらいの容量になるほど大小幅が大きいものです。こんなに大小幅の大きいものはほかにはあまりありません。動脈や静脈もそれほどではありません。

毛細血管領域の生理
 これはStarlingの法則,つまり動脈側の静水圧と膠浸圧の関係です。 Starling force”とは力”と訳していいと思います(表3)。 
        
             
      

血管内の静水圧は動脈側では32,静脈側では15,膠質浸透圧,蛋白の引っ張る力は25とされています。これらはすべて実験値です。
 一方で,組織にも一応そのような値はありますが,かなり小さいので,いったん無視して考えると,動脈側は32の力で押し出して,一方で25の力で引き込んでいますから,結局は水分が押し出され,静脈側では,逆に引っ張り込む形になります。この力で水が動脈側から出て静脈側に入るということです。
 そのバランスが完全に保たれていればここに水は溜まらないのですが,この差が少々あるためにそれがリンパ管に入りリンパ液になるといわれています。量としては毛細血管の動脈から20ℓ出て,静脈側には16から18ℓ入るので,その差2~4ℓがリンパ流ということです。また,リンパの流れは大体1m/Kg/hrであるといわれています(Landis,E.M.Pappenheimer R,J.R.: Exchange of substances through the capillary walls.Handbook of PhysiologyCirculation Vol.2. 1963,p.961073, Am. Physiol Society.)

 穴が開いているので血管から出たり入ったりするといいましたが,それは血管壁の細胞の隙間と食作用phagocytosis によるものです。細胞の隙間はわかりますが,食作用とは物をいったん細胞内に取り込んで,壁の対側へと運んでいく働きをいいます。その両方が働いて水や物が出たり入ったりするわけです。しかし,当然ながら分子量の小さいものが自由に出入りして,大きいものはあまり出入りしないために,アルブミンのように大きいものは血管内外で濃度差ができてしまい,血管内外で膠浸圧の差ができてくることになります。その結果として,血管内と間質液の成分はほとんど差がありませんが,この大きな物質だけは少しだけ差があるということになります。

 このように,間質液量が増えてきても,はじめはリンパの流れがよいのでどんどん液がリンパ管に入りますから結果的に間質液量は増えないのですが,リンパの流れが悪くなってくるとその時点から急に間質液量が増え始める,要はむくみが増え始めることになります。同時にむくみが溜まってきても,あるー定量にいくまでは全体の組織圧は上昇しないのですが,ある一定量までいくと今度は全体の組織圧が高くなってきて,それがいわゆるむくみとして感知されることになります。

むくみはどこを流れ落ちるのか
 立てばむくみは下に落ちるといいましたが,では,そのむくみは一体どこを流れ落ちるのかということを説明しましょう。
 健康な人とリンパ浮腫の人を比べてみると,健康な大は皮下組織がしっかりしていますが,リンパ浮腫の大は程度によって,少し組織が挫滅して壊れています。健康な人の皮下組織はセーターのように編み目の区域がしっかり区切られています。ところが,リンパ浮腫では蛋白が入ってきて繊維を切ってしまい,弾力繊維が壊されてしまうので、皮下組織がルーズになっています。健康な人は皮下組織の区域がしっかり編まれているセーターの一つ一つの編み目から隣にはあまり移らないために,むくみの液はあまり極端には周囲に拡散することなく,リンパ管がその場から排泄しますが,リンパ浮腫ではリンパ管による排泄が遅延していると同時に,繊維がルーズになっているために,むくみの液は周囲に容易に拡散し,立っている場合はすっと下に落ちてしまいます。

皮下組織クリアランス法 RISA tissue Clearance

 皮下にRIで標識された血清アルブミン(RISA)を入れて時間経過を見ると,健康な人はRIの値がだんだん落ちていき,1日で大体半分くらいになってしまいます。しかし,周囲には広がっていません。一方,リンパ浮腫の人は入れた液が周囲に拡散していきますが,全体量の値はあまり落ちないのです。要は,瀰漫性(びまんせい)に周囲に広がっていてもあまり排除されていないということです。この現象は皮膚逆流dermal back flow といわれているものです。
 入れたアルブミンの値が半分になるまで何時間かかるか見ると,健康な人は1日で大体半分になります。一方でリンパ浮腫では1日では半分になることはありません。2日,3日はかかります。そこから周囲には広がっていくことはあっても,排液されにくいのです。

      

 

リンパ流を活発化するには
 非常に興味深いことは,たとえば心不全の人でむくみがある人とない人で見ていきますと,むくみのない人はRISAは大体健康な人と同じくらいの時間で処理されますが,むくみのある人はむしろ早いのです。つまり,むくんでいる人はリンパ管の機能が非常に活発になっているために,リンパの流れはむしろよくなっているということです。

 ネフローゼでも同様に早いです。これまでの常識が覆されるかもしれませんが,むくんでいる人はリンパの機能はむしろ活発化している,亢進しているのです。逆にいうと,それでも処理が追いつかないからむくんでいるということです。
 さらにリンパ浮腫の場合には,リンパ流が亢進しても物理的にリンパ管の数は少ないし機能も悪いので処理することができずにむくんでいるということになります。つまり,むくんでいるとリンパ流は活発化しているのです。

 また,足首から
RISAを入れて鼠径部でカウントすると,むくんでいるとトントントンと階段状に上がってきます。これはリンパ管自体に自律神経が存在し自動能のようなものがあることを示しています。もし自動能がなければタラタラと直線的に上がってくるのでしょうが,階段状に上がってくるというのはリンパ管には自動能があるためと考えられます。
     

 また,立つと静脈圧が上がってリンパ管の機能は活動的になります。そのときの静脈圧は大体35mmHgでリンパ流が活発化します(中村良一:下肢リンパ流と下肢静水圧の関係について. 脈管学29(3):189-931989)
 同じように温めるとやはりリンパ流が活発化します。大体37℃でリンパ流は活発になります(武安宣明:下肢リンパ流に対する温熱負荷の影響.脈管学27(9):635-431987)
 一方で,各疾患ではむしろ少し低めでリンパ流は活発化してきます。もともとリンパ流が活発化,亢進しているので,そこにちょっと温めるとすぐに動き始めることになります(渡部純郎,廣田彰男,新井功:うっ血性心不全患者における下肢リンパ流の検討.脈管学25(8):605-612 1985)。また,当然ながら足首を動かすとやはり活発化します。

 つまり,むくんでいたり,動かしたり,温めたり,立ったり,動いたりするとリンパ流は活発化し,そこには自律神経も関与しているということです。


リンパの活発化は楽しく動くこと
 したがって,全体のリンパ流を活発化させるには,全身を明るく楽しく動かしていればよいということになります。楽しく動いていればお腹も動きますし,深呼吸もしますから,当然深部のリンパ系も動くことになります。つまり,全身を使って動いているとリンパ流は全部動くということです。それでも足りないので,手で擦って意識的に流してあげる。これがリンパドレナージです。
 そういう意味では,リンパドレナージより先に,運動療法がよいということです。まず,手足を動かして,深呼吸して,お腹も動かして,肩も動かす。全身を動かして,それでもまだ足りない,しかも腕や脚だけにむくみが溜まってしまうということになれば,今度は,手で擦って液を抜いてあげるということです。決して,ドレナージだけで動くわけではなく,日常生活で動くことがいちばん大事なことなのです。はじめに日常生活があるということを意識していただきたいと思います。
            

 

リンパ管の働き
 これまで静脈が大事だといってきましたが,ではリンパ管は一体どういう役割を果たしているのでしょうか。バスタブを例に説明しましょう。
 動脈という給水管からバスタブという皮下組織に水が溜まり,そのほとんど,90%は静脈に還ります。もし水が溢れてくるとバスタブの側孔,リンパ系が働いて水が溢れないようにします。つまり,むくみが出てきたらリンパ系が働いてむくまないようにするのです。

                             

少々たとえが適切でないかもしれませんが,もし湯垢(蛋白,脂肪)等があったら,それもやはりリンパ系が出動します。すなわち,リンパ管の働きがよければ皮下組織は常にむくみもなく,湯垢もない,つまり蛋白や脂肪も処理されているということになります。
  リンパドレナージを一生懸命やっても,実は静脈に比べてリンパの流れは非常に少ないし,当然ながら太った人にはどんなに熱心にドレナージをしても蛋白や脂肪はほとんど取れません。単に脂肪であればまだ動くのですが,いったん大きな塊になってしまったら,どんなに頑張ってもリンパ管が処理できるわけがありません。太っている人はどんなに一生懸命リンパドレナージをしても効果はありません。減量するには食べないことです。

 すなわち,リンパ管の働きが悪いと,水分であればむくむし,脂肪ならば太るし,蛋白ならばリンパ浮腫になる。そして,細菌が処理できなければ炎症になり,がん細胞を処理できなければ転移することになるということです。こういうことを常に処理するように働いているのがリンパ管なのです。 

 

 リンパ浮腫:一次性浮腫と二次性浮腫
 リンパ浮腫というのは,リンパ管が物理的に切断されたり,もしくは機能的に働きが低下しているために蛋白の処理がうまくいかず,結果的に皮下組織に水分が溜まっている状態です。
 一次性と二次性があります。一次性のものは2,3歳までに発症する先天性,次いで35歳前後で大きく早発性と遅発性に分けられますが,合わせて6%くらいです(表4)。私のクリニックではこれまで1万名くらいの方にお会いしましたが,そのうち400500名が一次性でしたから,案外多いともいえます。リンパ浮腫の大半は二次性で,一般的には二次性のものが圧倒的に多く,リンパ浮腫とされます。 
           
    
 リンパ浮腫というのは白いむくみです。健側より白いのがリンパ浮腫の特徴です。これは基本的にたいへん重要なことなので頭に入れておいてください。
 原因的分類では,多くが乳がん,そして婦人科がんなど術後の二次性がほとんどです。二次性のリンパ浮腫は発現までに3,4年かかるといわれていましたが,最近は非常に早く気づかれる方が多く,早くに受診されるため,術後すぐにリンパ浮腫と診断される人も結構います。がんの術後のため二次性は年配の人が多くなっています。
 問題なのは一次性です。こちらは若い人が多く,比較的左側に多く見られます。一次性の人はあまり情報を得る機会がないために,むくんでいても受診するまでの期間が長いという問題があります。

リンパ浮腫の診断
 診断の目安は次の通りです。
1)片方の腕か脚に生じることが多く,初期・軽度の場合を除いて 必ず左右差があります。両側に起きていても必ず左右差がありま す。
2)むくみはゆっくり進行します。
3)それほど色の変化や痛みはありませんが,ちょっと皮膚がつっぱるような感じの痛みが出てくることがあります。
4)徐々に皮膚が硬くなってきて皺や剛毛を見ることがあります。
5)静脈性浮腫との鑑別としては,静脈性と違って怒張や皮膚潰瘍 はほとんど見られません。
6)蜂窩織炎などを合併することが非常に多く見られます。
7)術後はいったんむくみがちょっと出てきてもすぐに消えてしま います。そのために自分のむくみは消えると思っている人が多く,消えると思っていたのにだんだん消えなくなったというようなことがよくあります。
8)シュテンマーサインStemmer sign とは,皮膚が硬いために普通はつまめるのにつまめないというものです。第二趾,第三趾の間の皮膚がつまめないのを指しますので,腕やお腹については該当しませんが,使われることもあります。

大切な鑑別診断
 最近,術後のむくみによるリンパ浮腫と診断してしまうケースが非常に多くなってきました。術後むくみの鑑別診断としては全身に症状が出てくる低蛋白性浮腫があります。そのほかにリンパ浮腫がありますが,リンパ浮腫は左右差があるのが特徴で,片方がむくむことが多いのです。手術をすると婦人科がんや直腸がんの場合はリンパ浮腫の発症がありますが,胃がんや肝臓がんではまずリンパ浮腫は起きません。術後のむくみでもリンパ浮腫を起こすような原因疾患があるかどうかを確認してもらいたいのです。原因疾患がない場合には安易にリンパ浮腫とは診断しないほうがよいと思います。また,初期以外は必ず左右差がありますから,両側性のむくみは基本的に否定されることになります。

 二次性の場合には原因疾患をはっきりと確認することかできますが、 一次性の場合はまず基本的な既往や問診をしっかり確認しなければなりません(表5)。
     

   何となく術後もしくは入院中にむくんできたのでリンパ浮腫ではないかと診断したり,診断がつかないからといってリンパ浮腫としてしまわないようにしてください。なぜならば治療法が違ってくるからです。リンパ浮腫と思って安易にドレナージをしたり,包帯法で圧迫したりすると,かえって患者さんの負担になります。このようなケ-スが増えてきていますので,注意していただきたいと思います。
 また,もしリンパ浮腫であっても,半数以上は炎症を伴っています。炎症やアレルギーによるむくみの項で述べましたように,皮膚が赤いという場合は,すでに血管壁の透過性が亢進してむくみが増えてきているのです。ですから,むくみの液をリンパ管が排水できないのではなくて,毛細血管動脈側からどんどん水分が出てくるからむくんでいる状態です。その場合は,まず出てくる水を止めなくてはいけないということです。皮膚が赤い時にはリンパ浮腫の治療だけをしないでいただきたいということです。
 そういう意味で診断は非常に大事です。きちんと診断して,本当にリンパ浮腫だったらそれに対して治療をすればいいということです。
 両側に浮腫が見られる疾患は,リンパ浮腫の鑑別診断の対象にはなりません。リンパ浮腫との鑑別は容易なはずですが,臨床的に間違うことも多いので,注意していただきたいと思います。 

  
肥満性の浮腫も非常に多いです。片方に起こるということでは,静脈性の浮腫の鑑別が大事になってきます。Klippel-Trenaunay-Weber症候群といって,リンパ浮腫にさらに静脈系の異常も含んでいるものもあります。そのほかリンパ管肉腫といってリンパ浮腫の経過中に悪性化してくるものもあります。

 何度もいいますが診断はとても大切で,左右差がある疾患として,リンパ浮腫と静脈性浮腫との鑑別は非常に大事です。リンパ浮腫はゆっくりと出てくる痛みのないむくみですが,静脈血栓は血栓ができた時に痛みを伴って急速に出てくる血管怒張を伴うむくみであるということ,また,低蛋自性浮腫は両側性ですが,白くて軟らかくて,てかてかしており,これは栄養状態が悪くなった人のむくみです(表6)。

     

 繰り返しになりますが,リンパ浮腫は健側より白いむくみです。健側より赤ければ純粋なリンパ浮腫ではありません。リンパ浮腫にさらに別の要件が加わっている(蜂窩織炎など)ということになります。したがって健側より赤い場合には普通のリンパ浮腫の治療をしてはいけない,するとかえって悪くなります。
 
低蛋白性の浮腫は両方が白いということで,簡単なようですが非常に間違いが多いのでぜひとも頭に入れておいてください。また,基本的にリンパ浮腫は,赤かったり,どす黒かったりすることはありえず,そのような場合は何か別の要素が加わっているというように考えてください。


 
  このような状況での皮膚の色を考えてみます。正常の場合には動静脈が均等でそんなに大きくないので肌色に見えると考えていいのですが,リンパ浮腫の場合はむくみの液がたくさん溜まりますから,そのために血管が皮膚から遠くなるので白く見えることになります。

 むくみがあっても血管が太くなっていると,今度は赤く見えるようなります。逆にいうと,そんなに赤くなくても奥のほうの血管はかなり太いということになります。ですから,ちょっとでも赤かったら,中の血管はどれくらいかな,とちょっとイメージしてみてください。赤かったりどす黒かったりしている場合には,型通りのリンパ浮腫の治療を行わないでください。結果的に効果は上がりませんから,あくまで診断をきちんとしてほしいということです。             

合併症

 リンパドレナージがテーマなので,簡単に触れるにとどめます。
1)角化症,つまりイボや乳頭腫
2)多毛症
3)リンパ小疱,リンパ漏
4)毛嚢炎
5)接触性皮膚炎
6)真菌感染
7)下肢潰瘍
8)蜂窩織炎・リンパ管炎・急性炎症性変化
9)リンパ管肉腫:あまり打ち身の覚えもないのに内出血するよう な場合は要注意です。その場合は皮膚科か形成外科で診てもらっ てください。結構見逃されることも多いので,しっかりした医療機関を紹介してください。

アイソトープを用いたリンパ管造影
 正常の場合にはRIを注入すると,注入部位(足首または手首付近)から一本のリンパ管像が中枢部へ延び,鼠径部または腋窩部で数個のリンパ節につながるのですが,リンパ節を切るとリンパの流れがうっ滞し,リンパ管自体が太くなり周囲にバイパスが流れるのでRIが拡散して見えます。これは油性剤によるリンパ管造影では糸くずを散りばめたような像になります。
 たとえていえば,国道(脚の中のリンパ管)を走って行き,高速道の入り囗(鼠径リンパ節)から高速道路(体腔内の胸管など深部リンパ管)に乗って心臓に向かうと考えると,もし高速道の入り囗で事故が起きると,車はどんどん渋滞してくる。しかし,そこでじっと待っていないで横の細い道を辿って何とか進もうとする。それでもやはりあまり進めずにそこに溜まってしまうということです。

超音波検査,MRIなどの検査法
 超音波では,皮膚および皮下組織の肥厚,浮腫液の貯留,繊維化,敷石状所見,皮下組織下の高エコー帯の欠如などがあります。MRIで見ると非常にわかりやすいかと思いますが,詳細は省略します。静脈との鑑別にはドップラーを使います。
 むくみの量を見るには体水分検査の機械,インポディ®といいますが,これは客観的な数値が残るので,経過を見るのに非常に役に立ちます。

リンパ浮腫の保存的治療
複合的理学療法
 「複合的理学療法を中心とする保存的治療」というのが現在の日本での考え方を示した名称です。
 複合的理学療法には4つあります。
1)用手的リンパドレナージ(MLD)
2)圧迫療法(弾性スリーブ・ストッキング・弾性包帯)
3)圧迫下の運動療法
4)スキンケア 
 つまり,リンパドレナージで細くして,それを圧迫して維持し,さらに圧迫下で運動してマッサージ効果を期待し,さらに蜂窩織炎などの予防にスキンケアをするということです。
 複合的理学療法は大きく第1期,第2期に分けます。第1期は,基本的には約1ヵ月間入院して,スキンケア,MLD,運動療法と弾性包帯法をとにかく一生懸命やって,可能な限りリンパ浮腫を小さくしてやりましょう,そしてその後,第2期は外来で継続していく,というのがこの考え方です。
 複合的理学療法は,国際リンパ学会の重症度分類のstage 2 以上で,「明らかにむくんでいる」という人の場合は,十分に可能で,包帯を巻いて縛めてもいいし,一生懸命マッサージ(リンパドレナージ)をやってもいいということになります。

 ところが最近リンパ浮腫の治療が広まってきたために,まだむくんでいなかったり,あるいは軽くむくんでいる程度なのに一生懸命リンパドレナージをしなくてはいけないとか,包帯を巻かなくてはいけないとされるケースが多く見られるようになってきました。それはちょっとやり過ぎなのです。患者さんに負担をかけますし,しかもリンパドレナージをしなければむくむという強迫観念も与えてしまうことになります。
 そのため平成21年度に厚生労働省がリンパ浮腫委員会を発足させ,一般財団法人ライフ・プランニング・センターが事業実施を委託され,研修会を実施しています。その中に「リンパ浮腫研修委員会」というものがあり,表7のような合意事項が取り決められています。
 現在,日本ではこれが中心とされていますので,この指示に従ってください。大事な点は,リンパドレナージとか弾性ストッキング・スリーブなどの圧迫療法が予防に有用であるというエビデンスはないということです。ですから「予防として早めにスリーブ・ストッキングをつけましょう」とか,「ドレナージを一生懸命しましょう」などとしてはいけないということです。

 

 
                   
 
また,複合的理学療法という概念が広まってきましたが(下の表),リンパ浮腫の治療イコール複合的理学療法であるとされてしまい,特にそれを初期や軽度のリンパ浮腫に適応することによる誤りが目立ってきたため,そこにさらに脚を上げたり,生活指導を加えたものを「複合的理学療法を中心とする保存的治療」,もしくは「複合的治療」として,注意を喚起しています。
            

複合的理学療法の4つの項目を全部やってしまうと患者さんの負担になってしまいますから,明らかにむくんでしまった場合にはいいのですが,まず,日常生活における取り組みをやってみるのがいいと思います。複合的理学療法を中心とする保存的治療として生活指導を重視する考えを入れてほしいということです。
 「複合的治療」という言葉はすでに官報で使っていたために使用されていますが,国際的に通用する言葉としては「複合的理学療法」ということになります。したがって,「複合的治療」の適切な英訳はありませんので誤解を招いていますが,日本では両方を併記するとよいと思います。

蛋白が溜まっただけではむくまない(膠質浸透圧)
 本来,毛細血管から出てきた液はリンパ管が処理するのですが,それができにくいので蛋白がたくさん溜まってきます。しかし,蛋白が溜まっただけではむくんだりはしません。蛋白が水分を引きつけてしまうので,皮下組織にむくみができるのです。これは膠質浸透圧の考え方です。血管内の蛋白濃度が高く,血管外の蛋白濃度が低いとむくみませんが,リンパ管の障害で血管外に蛋白が溜まってしまうとその分だけ血管内に水分を引っ張る力が弱くなりますので,皮下組織に水が溜まるというのがリンパ浮腫ということになります。
 では,二次性のリンパ浮腫の場合にリンパ節を切除したらむくむのは仕方がないのかというと,周囲にリンパ管の相互の吻合ができる(バイパス)のでそんなにむくむことありません。
          

 徐々に進んでいくと,今度は相互の吻合自体が妨害されていくためにむくみが強くなり,象皮症にまで至ることになります。ここで,リンパ管の発生は静脈から出てくるのですが,バイパスにおけるリンパ管新生は発芽増殖,遊走,過形成とされています。
 

どぅすればむくみをとれるのか
~複合的理学痂去を中心とする保存的治療(複合的治療)の考え方
 脚という風船にねっとりした液体が入っていると考えた場合,その液を抜く方法を考えます。もっとも簡単なのは,むくみは立てば落ちるのですから,逆さにすればいい(腕や脚を上げる),そして次に少し動かしてあげる(運動療法),それでも全部出ないなら最後にはさすって液を抜く(リンパドレナージ)というのが考え方の基本です。要は,脚を上げて動かして(運動療法),さらに必要があればマッサージ(リンパドレナージ)をします。
 しかし,どんなに一生懸命やっても,立てばまた下に落ちるので,それでは今度はしっかり押さえておこうというのが弾性ストッキングです。しかも立って生活している時間がいちばん長いので,弾性ストッキング(弾性スリープ)がいちばん大事ということになります。ただし,これはあくまでも“むくんだら”ということで,まだむくんでいない場合には弾性ストッキングは基本的に適応にはなりません。

 

圧が基本
 再度繰り返しますが,リンパ浮腫の治療の基本は,ずっと上げていること。それができない場合には押さえるということです。両方とも「圧」ですから,いったんむくんでしまったらとにかく上げているか押さえるか,がもっとも重要です。そこにさらに動かしてマッサージ効果を期待したり,ドレナージをしたり,薬を使ったり,手術をしたりするという手立てが考えられるということです。しかし,いちばん効果が強いのは圧で,とにかく圧をかけなければむくみは小さくならないというのが基本です。ですから,いったんむくんだら,とにかくどちらかの方法で圧を加えることです。
 
ところが,皆さんはどうしても次のように考えてしまいがちです。圧をかけるよりも,動かしたり,マッサージ(リンパドレナージ)をする,そしてさらに薬を使ったり手術をしたほうが効くと思ってしまうのです。
 このようにするとだんだんと人手とお金がかかってきます。そして,人手とお金がかかったほうがよりよい治療だと誤解をしてしまうのです。しかしそうではなく,あくまでも圧をかけることが大事で,これが治療の7080%の比重を占めます。そこにさらにもう少しよくしたい,もっとよくしたいと思ったら,その次の手段をとればいい。逆にいうと,圧をかけずにマッサージ(リンパドレナージ)だけでよくしようと思ってもダメです。あくまでもまず圧をかけることです。
 しかし,脚の場合あまり上げすぎると,かえって臀部や鼠径部にむくみが溜まります。特に二次性の場合は,この部分のリンパ節を切っていますから,上げすぎるとむくみの液は全部ここに溜まります。つまり`,術後の初期のむくみは脚を上げるとかえってこの部位が悪くなるのです。術後少しむくんだ時に一生懸命脚を上げるというのは,かえって悪化させてしまうことになります。

リンパドレナージの考え方
 リンパドレナージは,1936年にVodder博士が美容と健康のために開発した手技とされていますが,それが後にリンパ浮腫の治療に取り入れられてきました。禁忌は表9に示します。
  

 リンパドレナージにおけるリンパの流れを単純化して考えてみましょう。たとえば腕のリンパ浮腫を考えてみます。腕のむくみの液を全部集めて腋窩リンパ節から深部のリンパ系に入り,静脈に合流します。先ほどのたとえで説明すれば,車が国道から高速道の入り口に入って高速道に乗って静脈に入るのですが,その際,せっかく高速道に

乗っても,もしこの高速道の先頭の車が止まっていたら,後続の車は流れませんから,そのためにはまず先頭車を動かしてあ げます。つまり首の付け根のマッサージです。
 次に高速道を流してあげるのが深部のリンパ系を刺激するための 深呼吸や腹部のマッサージです。そして,健康な人の場合では腋窩 を刺激すると深部のリンパ系はすべて流れることになりますから,そこに高速道の入り囗(腋窩リンパ節)へ次々と車を誘導していくというのがドレナージの手順になっています。
          


●用手的リンパドレナージの手順
 
そのためにまず,首の付け根と深部のリンパ系を刺激し,そして 腹部のマッサージをします。深部リンパ系の中心に乳糜槽(にゅうびそう)というリ ンパの溜まりがありますから,それを動かすのが腹部の刺激です。
 腕の場合は,分水嶺で隔てた腕と腋の液が全部腋窩リンパ節に集 まって流れていくので,もしここの流れが悪ければむくむのは腕だけではなくて肩と脇と胸全部ということになります。
 一方、リンパ浮腫で腋窩リンパ節切除のため流れが悪くなっていたら・この液をどこに持っていくのかというと,別の近くの高速道(対側の腋窩リンパ節または同側の鼠径リンパ節)に行って,そこから静脈に還ります。これがマッサージの手順です。
 先ほど分水嶺があって左右,胸腹間の連絡はないといいましたが,ここには非常時の連絡ルートがあって,一応上下,左右にも分水嶺を越えて流れていくようになっています。そのために,もし 右腕が患肢であれば左腋窩リンパ節に持っていく。両側の乳がんであったら,鼠径リンパ節に持っていく。

 脚も同じです。左鼠径リンパ節の流れが悪かったら同側の体側に持っていって,左腋窩リンパ節から入れる。
 リンパドレナージというのは,皮膚と筋肉の隙間,これはエコーでみると大体5mm弱ですが,この隙間を動かせば集合リンパ管が動くことになります。決して深く押さずに,皮膚の数ミリ下を動かすようなつもりで行います。つまり,皮膚がずれるような感じでドレナージ(リンパドレナージ)すればいいということです.
 マッサージ器(間欠的空気圧迫装置)もありますが,これは下手に使うと腕では腋窩,脚では鼠径にむくみを溜めてしまうのでかえって悪化することがあります。あくまでもむくみを絞り上げるのではなく,リンパ管の動きが活発化するようなつもりで使います。また,先に溜まりやすい部位を手でドレナージして液を抜いてから使う,併用するということです。
 はじめにも言いましたが,身体を動かすと全体のリンパ管が動きますから,運動療法も効果的です。また,圧迫下の運動がより効果的です。

いったんむくんでからは
 いったんむくんでリンパ浮腫の重症度stage 2 以上になった場合には,とにかくそのむくみを押さえなければなりません。一生懸命液を抜いても,それを押さえなければその間に全部落ちてしまうからです。しかも,朝から晩まで生活しているわけで,その間ずっと押さえていなくてはいけないわけで,日常生活では常時弾性着衣を身に付けます。むくんだらとにかく押さえること,そのために弾性ストッキングや弾性スリーブ,弾性包帯などを使います。
 術後,下肢の場合,まず鼠径部からむくみ始めて,周囲に広がります。ですから初期のむくみは大腿内側と下腹部・陰部で,よく見ると外側もむくんでいるのがわかります。
 次いで,むくみは落ちてきて,膝でいったん止まり大腿内側膝上に膨らみを見ます。そしてさらに落ちてきて,最終的に下腿や足もむくむということになります。これが二次性のむくみ方ですが,結果的に全体がむくむとことになります。そのためにストッキングは上からずっと全部を覆うのがいいのですが,脚の付け根で食い込まないようなパンティストツキングが理想的です。しかし理想ばかりは言っていられませんので・むくみに合わせてそのつど考えていかなくてはいけません。

 一次性は多くの場合,足の先からむくんできて,上に上がっていって、最終的に鼠径部までむくむという形になります。下のほうだけむくんでいるケースではハイソックスで間に合うこともありますが、基本的には全体がむくむので上のほうまで押さえることが多くなります。

 先天性のむくみははじめから全体がむくんでしまうので,この場合にはそのつど形に合わせて使わなければなりません。

 腕についてはまた考え方が違ってきます。
 腕では脚と同じように考えると’むくみはまっすぐ手のほうに落ちて手がもっともむくむことになりそうに思ってしまいます。運動神経の麻痺の人が手をだらりと下げていると,たしかに手の先がむくみます。ところが実際には肘の周辺がむくむ人が多いのです。これは不思議なことではありません。これは人間の生活では肘をついていることが多いため,肘がもっとも下に位置しているからです。そのため,このような場合,スリーブは肘のあたりがもっとも圧が強ければよいことになります。
  ところが,スリーブは手首がもっとも強くて腋に向かって徐々に 弱くなるようにできています。ここで,腕を風船のように考えてみ ると,手首で強く締めると手がむくみます。では手の先をグローブ で覆えばよいかというと,今度は手が使えません。
  次のように考えるといいと思います。
脚のストッキングの場合には,足首で切れば当然足先はむくみます。ところが腕のスリーブは手首(弾性ス,ドッキングでの足首)で切るのが当たり前になっているので,当然しっかり押さえれば手がむくみます。ということばミトンにしたほうがいいということです。
      

つまり,腕のスリーブの基本はミトン付きです。この際ミトン付きではなく,スリーブとグローブの選択をするケースが多いのですが,手首で二重になり締め付けるので好ましくありません。しかも2つ購入すると価格も高くなりますから,注意してください。
 逆に,弾性スリーブだけを着用してむくまないためにはどうすればいいかというと,圧を少し弱めることです。少し弱い圧にして手がむくまないようにするか,もしくはミトン付きにするか、あるいは手首で重ならないようにしてグローブで押さえるということをしなければなりません。スリープやストッキングはじかり押さえると同時に,弾力もありますからマッサージ効果もあります。

ちょうどよい圧とは
 では,弾性ストッキングの圧はどれくらいがよいのでしょうか。
 人間は立っていると,心臓からの水圧が全部足首に向かっていきますから,足首では80mmHg(120cm H20)かかります。それに負けないような圧を加えなければならないのですが,強すぎるので少し弱めの圧,それが40~50mmHg(クラスⅢ),その下が30~40mmHg(クラスⅡ),20~30mmHg(クラスI)となります。したがって弾性ストッキングの圧はむくみを完全に取るには少し足りない,圧は弱いのです。つまり,むくみは完全には取れないということです。ストッキングを履いても完全にむくみは取れないのです。弾性ストッキング・スリーブの圧は,筋肉や血管などの組織を圧迫しないようなもので,しかもできる限り強い圧を使います。

 

●弾性ストッキング,スリープ,グローブの付け方
 弾性ストッキングの履き方は基本的には裏返しにして足首まで入れて,少しずつ上に伸ばしていきます。そのほかにイージースライドやバトラーという製品もあります。
 ストッキングやスリーブの履き方の基本は形を整えて食い込ませないことです。これがいちばん大事です。付け根に食い込ませずに,形を整える。ノウハウとして,履いた時に弾性ストッキングの色が濃いと繊維が溜まっていて圧は強く,逆に薄くてピーンと張っているのは圧が弱いことになります。繊維を動かして均一にします。
 「上げるか,押さえる」ことができる部位は治療効果が上がりやすい,つまり肘より下,膝より下です。このあたりのむくみは治りやすいので,弾性スリーブ・ストッキングさえ使えばかなりよくなります。
   腕の場合は,指の先までしっかり押さえればよくなるのですが,実際は手を使わなくてはいけないので,手の部分があいてしまうことになります。本当は指先にはいちばん強く圧を加えなくてはならないわけですができません。やろうと思えば,腕を上げれば指先はいちばん高い位置になるので液は流れていきますし,スリーブやグローブを使ってもいちばん強く締めることができます。ところが実際にはずっと上げているわけにもいきませんし,グローブをしているわけにもいかないので,結局取ってしまうことになります。
 逆にいうと,手の先は一生懸命やるといちばんよくなるところです。日常生活ではどうしても常に弾性グローブなどで圧迫できないので,できるだけ日常生活の中で手を上げるように努力しなくてはいけません。ところがずっと上げておくことはできませんから,常に手が上のほうで動くように努力するというのが腕の治療の考え方です。具体的にはしゃがんだりして身体を低い姿勢にすると,手は上がります。収納も高い位置にするとよいでしょう。それを一生懸命やるとよくなります(6)
    
 

 

腕のむくみは3週間くらいを目途にして,日常生活をできるだけ控えて,一生懸命腕を上げてもらうようにすると,早期ならば治ります。
 逆に,上腕や大腿より上のほうにむくみがある場合は非常に取れにくく,治りにくいのです。それでもやはりむくんでいたら圧を加えなくてはいけませんから,脚ではガードルを使います。
 陰部は圧迫が非常に有効です。脚の場合にはむくみが下がってきたら押さえるということでしたから,陰部も三本目の脚と考えて,脚と同じように圧を加えなくてはいけないのですが,ストッキングはありませんから陰部サポーターを使って押さえます。あるいは下着にパッドなどを縫い付けてもよいと思います。これがいちばん実際的でしょう。
 

 
 

●治療が異なるリンパ浮腫と低蛋白性浮腫
 低蛋自性浮腫は臨床上非常に多く見られます。血管内の蛋白濃度は普通7.0g/dℓくらいで,これであれば血管外の水分を血管内に引き込むのでむくみは生じません。ところがリンパ浮腫では血管外に蛋白が少し残るため,その分だけ血管内に水を引く力が弱くなって血管外に水が溜まり,リンパ浮腫になります。
 一方で,低蛋白血症は,血管外に蛋白がなくても血管外の蛋白濃度が落ちてしまうので,その分だけ血管外に水が溜まり,それが低蛋白性の浮腫になります。したがって,リンパ浮腫は蛋白濃度が濃いむくみ,低蛋自性浮腫は水だけです。ですから軟らかいのです。

 そういう違いがあります。しかもリンパ浮腫は片方の脚だけに硬いむくみができ,低蛋白性浮腫は水ですから全体に軟らかいむくみが全身にでき,立てばすっと落ちきて下に溜まります。
 リンパ浮腫は蛋白を含んだ濃い浮腫液が患肢のみに溜まります。したがって片方の脚だけを強く抑えます。
 低蛋自性浮腫は体全体がむくみますから,体全体を柔らかく押さえます。ですから低蛋白浮腫の人に包帯を強く巻いてがっちり押さえると,その上がぷっくり膨らんできます。

急性炎症性皮膚炎(蜂窩織炎)
 前にもお話ししましたが,皮膚が赤いということは血管の透過性が亢進していることを示します。菌が入ってくると,本来はリンパ管が菌を処理しないといけないのに,それができないのです。それと同時にここはむくみの絶好の培養地ですから,菌がどんどん増えても処理できないためにもっと増えてきて,とうとう炎症を起こします。炎症を起こすと皮膚が赤くなりますが,これは毛細血管動脈側の血管が太くなって血管壁透過性が亢進していることを示しますので,血管外に水分が出てむくみが増えます。そうするとまたむくみが菌の絶好の培養地となって,炎症が悪化するという悪循環に陥ってしまいます。

炎症時の毛細血管からの体液の流れ
 治療はどうすればよいのでしょうか。皮下組織に溜まった水をリンパ管に抜くのがリンパ浮腫の治療ですが,炎症の場合には動脈側から水が出てきているので,いくら一生懸命水を抜いても消えません。ということは,出てくる水を先に止めなくてはいけません。これは,血管が太くなって穴が開いている(血管透過性の亢進)ために水が出るのですから,血管を収縮させてやる。つまり冷やすことです。赤い部分を冷やすことが非常に大事です(表10)・
   

 まず,出てくる水を止めるために冷やす。それと同時に,溜まっている水を減らすためにリンパ浮腫の治療もする。むくみは菌の絶好の培養地であるので,炎症を治すにはむくみを減らすことが大切です。このようにしてむくみを減らすと菌の培養地が減り,そのためにむくみが減っていけば炎症がなくなるのですから,とにかく一生懸命むくみを取ることです。取ってあげないと炎症も治りません。
  それでも菌が減りにくかったら抗生剤を使うことになります。このような炎症は非常に多く見られます。一生懸命治療してもどうしても よくならないというので受診されても,患肢の皮膚が赤いから炎症として治療をするとほんの数週間で治ってしまうこともよくあります。
 皮膚が赤かったら,まず炎症を考えてください。すぐにリンパ浮腫の治療には入らないでほしいのです。浮腫が急に悪化したというのはほとんどが炎症です。一般的には炎症があると治りにくいということになっているのですが,私は逆に炎症があったら治りやすいと思っています。炎症によるむくみは急速によくなります。

リンパ浮腫予防のために
●リンパ浮腫の初期治療・1
 最後に予防および初期治療についてお話しします(図7)。
 リンパ浮腫では皮下組織に蛋白が入って皮下組織を挫滅します。いったん繊維が壊れてしまうと,どんなに一生懸命治療しても元には戻りません。ということは少しむくみが見られる時期(まだ皮下組織が挫滅していない時期)であれば,まず完治を目指すことです。
 

特に術直後はいったんむくむこともあるので,この時期は完治を目指します。むくみをそのままにしておくと溜まっていきますから,むくみを常に取るようにすることです。そのためには上げて軽く動かすなどの日常の生活が予防の中心になってきます。

リンパ浮腫の初期治療・2
 このようにむくみを取っていけばたぶんリンパ浮腫は発症しないことになります。リンパドレナージなどはかなりアクティブなものですから,予防ではあまり強くお勧めしてはいけません。患者さんに負担になります。
 先ほどは使ってはいけないと言いましたが,弾性スリーブ・ストッキングを予防で使うかどうかという問題についてお話しします。理屈上は,弾性ストッキングは弱圧のものを使うと圧迫効果があると同時にマッサージ効果がありますから,液を抜くという予防効果が期待できます。ただし,同じ考えで弾性スリーブをすると,今度は圧迫による影響がありますから手がむくんできます。ですから,腕の場合には安易に予防に用いてはいけません。予防もしくは非常に軽い場合には,予防に弾性スリーブを用いるとかえって悪化することが多いので決して安易に用いてはなりません。              

  リンパ浮腫の予防としては,むくんでもそれを取ればいい,翌朝に消えればいい。ところが,ちょっと無理をすると今度は翌朝には取れなくなります。そうなるとむくみが繊維を壊し始めることになりますから,そうならないようにしましょうということです。むくみが溜まって皮下組織が挫滅する前に、1日のスパンでいったんむくみを取ってしまうというのが基本的な考え方です(図7)。


リンパ浮腫憎悪の誘因
 表11に示しましたが,共通点は何かというと「無理はしない」ということです。
 重い物を持ったり,単調な繰り返しでしかも途中で止めることができないというようなことはしないことです。これを逆に考えますと,「自分勝手に明るく楽しく,重いものは持たない,汚れることはしない,単調でつまらないことはしない,それでも嫌になったら止める」ことです。要は“自分勝手に生きる”“無理をしない”ということです。それから減量も大事です。
 まずは一生懸命むくみを溜まらないように取ってしまうこと,万一むくんだ場合は,早めに弾性スリーブ・ストッキングを用いて押さえること,これが予防と初期治療の基本になります。

    

弾性スリーブ・ストッキングはいつ外せるか
 弾性スリープ・ストッキングは皮下組織の修復を促すものではないので,基本的には外すことはできません。また,治療の目的はいろいろで,腕や脚が動けぱよいという人もいますし,細くしておくことで蜂窩織炎などの合併症を防ぐという人もいますし,少しむくんだだけでも気になるという人もいますので,それに合わせなくてはならないことになります。減量はきわめて大切で,太っている限りは改善しないと考えてよいでしょう。体重2kg位の増減で影響が出ます。

薬物療法やその他の方法
 薬はほとんど使いません。
 リンパドレナージや包帯法も0期や1期では強くは勧めてはいけません。むしろ運動療法を含む日常生活を十分に注意して,その上でさらに必要ならばするという考え方になります。
 外来でのリンパ浮腫の治療として,初期でも週に2,3回通院してリンパドレナージをしなくてはいけないとか,包帯を巻かなくてはいけないと書いてある本がありますが,それは大きな間違いです。
 初期の0,1期ではそういうことはしてはいけません。あくまでも患者さんの状況を見て決めて患者さんの負担にならないようにして頂きたいということです。
 治療する場合には決して行き過ぎないようにクリニカルパスに従ってください。
 

 繰り返しになりますが,リンパ浮腫の治療の複合的理学療法の適応になる患者さんは非常に少ないです。静脈が絡んだら違う,炎症が絡んだら違う,低蛋白性浮腫ではまた違いますから,安易にリンパ浮腫だと思いこんで治療して、患者さんに精神的・身体的・経済的に余計な負担をかけないように心掛けていただきたいと思います。

おわりに
 リンパ浮腫の治療の本質は保存的療法であることはまったく変わりません。しかしながら,リンパ浮腫を取り巻く環境は,この3040年の間に大きく変動しています。もちろん,よい方向に動いてはいるのですが,一方で,あまりに急速に広まった部分では,ひずみが見られてきたように思われます。陽の目を見ない分野であったのに,さまざまな思惑が入り込んできているように思われるのです。
それが患者さんへの負担となってはいけません。
 リンパ浮腫の治療で最も大切なのは,「複合的理学療法」ではなく,「診断」です。正しい診断のもとに,必要最小限の治療を行うことが重要なのです。
 本講演が「リンパ浮腫」の患者さんを目の前にしたとき,本当にしてもよい治療なのかを振り返ってみるための参考になれば幸いです。 

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22
)新井功,廣田彰男,渡部純郎:浮腫形成時のヒトの下肢リンパ流について,脈管学232),1983.
23)今日の診療プレミアム,vol.19,IGAKU-SHOIN,2009
24)久保肇:リンパ管形成を司る分子機構,実験医学266),2008.
25)廣田彰男:リンパ浮腫の手技とケア,学研メディカル秀潤社,2012.
26)Lymphedema Framework, Best Practis for the Management  of Lymphoedema.
 International Consensus
. MEP Ltd 2006.

27)油野智美,廣田彰男:よくわかるリンパ浮腫のすべて,永井書店,2011.

本稿は、2012年2月18日一般財団法人ライフ・プランニング・センター主催のセミナー「基礎から学ぶリンパ浮腫とリンパドレナージ:リンパ浮腫治療の基礎知識 講師廣田彰男」をもとに作成された「リンパ浮腫の考え方と治療の基本」を参考にまとめたものです。

 

                               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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